今、母の資産は1.5億円ある。
でも母は軽自動車に乗っている。今年、初めてエアコンを買った。
そのお金を運用したのは、投資の知識がまったくなかった当時30歳の理学療法士の息子——つまり、私だ。
なぜ母は、株を一度も買ったことのない僕に、なけなしの4000万円を託したのか。その答えは、最後に書く。
父が遺したお金を、母は20年かけて4000万円にした
父が死んだのは、私が小学5年生のときだった。父は中卒の大工だった。貧乏な家に育ち、手に職をつけて家族を養っていた。その父が、私が10歳のときに死んだ。残されたのは、看護師の母と、子ども3人。母はそこから女手一つで私たちを育てた。
父が残してくれた死亡保険金は2〜3千万円。母はそれに一切手をつけなかった。看護師として夜勤をこなしながら、少しずつ貯め続けた。20年以上かけて、それは4000万円になっていた。一円も使わずに。
母、専門家巡りで3連敗する
母が「このお金を運用したい」と言い出したのは、数年前のことだ。そこから母は、見事に3連敗する。
最初に引っかかったのは、ラジオで宣伝していたFPの投資講座だった。母は乗り気で、「早く個別に相談して、話を進めたい」と急いでいた。講座のあと、案内されたとおり、午後の個別相談をメールで申し込んだ。ところが返ってきたのは、「その日の午後は予定があるので相談できません」という返事。今思えば、この雑さが最初の赤信号だった。
結果から言うと、その投資講座はポンジスキームだった。FPは後に、詐欺で逮捕された。あの日”相談できなかった”ことで、母はたまたま、救われたのかもしれない。
次に向かったのは「保険の窓口」。勧められたのは高手数料の貯蓄型保険だった。手数料の構造を調べたら、とても納得できる商品ではなかったので断った。
最後に、近所の会計事務所にいるAFPに会いに行った。返ってきたのは「個人の資産運用はやっていません」という一言。三度、扉が閉まった。
ただ、帰り際だった。受付のおばさんが、ぽつりと言った。
「SBI証券で、インデックスファンドが良いんじゃないですか」
意味がわからなかった。そのまま帰った。——この一言の意味を、僕はこのあと思い知ることになる。
コロナショックと、一冊の本
母は当時、野村証券でいくつか不動産株を持っていた。私はそのオンライン口座にログインして、残高を見ていた。2020年3月、コロナショック。評価額は思いっきり溶けていた。「もう一生、株なんてやらない」。そう思った。
転機は、あの詐欺師が逮捕されたというニュースだった。本気で勉強しなければ、と思った。Amazonで本を探して買ったのが、『お金は寝かせて増やしなさい』(水瀬ケンイチ著)。
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読んだ。腑に落ちた。受付のおばさんが言っていた「インデックスファンド」とは、これか——とわかった。
2020年8月、まず1万円だけ、楽天証券でS&P500のインデックスファンドを買った。
買ってすぐ、評価額は9,500円になった。500円の含み損。そのまま放置した。2020年12月から翌年3月にかけて、じわじわとプラスに転じた。
この500円が、大きかった。たった500円の損を耐えた。それだけのことだが、「暴落しても持ち続ければ戻る」という本の言葉が、数字として体に入ってきた。経済は長期的に右肩上がりで成長していく。その確信が、頭ではなく腹で持てた。
3,400万円を打ち込んだ夜
2021年4月のある夜。妻が子どもたちを寝かしつけ、家が静かになってから、僕は楽天証券にログインした。
買付金額の欄に「34,000,000」と打ち込む。ゼロの数を、二度数えた。母が、父を亡くしてから20年以上、夜勤明けの体で1円ずつ貯めた4000万円。その大半が、いま画面の中にある。これをS&P500に、一括で。
——注文ボタンを、押した。
そして、すぐに冷蔵庫を開けて、ビールを出した。飲まずには、いられなかった。
その後も、毎月100万円ずつ追加で入金していった。2021年の夏には、合計約4,000万円の運用になっていた。

母は「お前が言うなら、任せる」と言って、その後は一切、聞いてこなかった。
もしこれで大損したら、親子関係が終わるかもしれない。確信はあった。でも、怖かった。あの夜のビールから、僕は毎晩、酒を飲んで矛盾を紛らわせるようになった。
5年後の答え——評価額1.5億円
2026年現在、運用額は1.5億円を超えている。


S&P500に一括投資して、ほったらかしただけだ。特別なことは何もしていない。ただ寝て、起きて、売らなかった。
——と、きれいにまとめたいところだが、正直に補足しておく。中身のほとんどはS&P500のインデックスファンドで、脇に少しだけ日経平均のインデックスも持っている。基本は買って持ち続けているが、画面には累計で約1,941万円の解約が出ている。これは利益を確定して使ったわけではなく、特定口座の分を一部解約して新NISAの非課税枠に入れ直したり、贈与の原資に充てたりしたものだ。だから「売って現金にした」のとは少し違う。母から預かった元手はおよそ4,000万円。そこに毎月の入金を重ねていった。累計の買付額は約7,175万円と出ているが、これは新NISAへ入れ直した分がもう一度カウントされているためで、正味で外から入れたお金は約5,235万円(買付7,175万円−解約1,941万円)だ。その約5,235万円が、今、評価額1億5,542万円になっている。増えた分(運用益)はトータルで約1億307万円。元手のおよそ3倍だ。


母はそれを知っている。でも、生活は何も変わらない。今も軽自動車に乗り、倹約して暮らし、今年、ようやく初めてエアコンを買った。
なぜ母は、素人の僕に4000万円を託したのか
最後に、最初の問いに戻る。なぜ母は、投資未経験の僕に4000万円を託したのか。
外の専門家は、誰も母の力にならなかった。詐欺師は金を狙い、窓口は商品を売り、会計事務所は扉を閉めた。だから母は、身内に頼るしかなかった。
そして身内の中で僕が選ばれた理由も、かっこいいものじゃない。消去法だ。兄も妹も、それぞれ別の道を歩んでいて、3人きょうだいで一番”普通”に見えたのが、たまたま僕だっただけ。母は、僕の投資の腕を見込んだわけじゃない。ほかに、任せられる相手がいなかった。それだけのことだ。
それでも——名前も知らない、あの会計事務所の受付のおばさん。僕はあの一言に、1.5億円を借りている。
私は投資のプロでも、専門家でもない。Fランク大学を出た、ただの理学療法士だ。ただ、4000万円という「失ってはいけないお金」を背負って投資をした経験がある。その重さと結果を、これからできるだけ正直に書いていく。
これから投資を始めるあなたへ
若い人へ。NISAで少額からインデックス投資を始めてほしい。毎月1万円でいい。それだけで、君も立派な投資家だ。
年配の方へ。出口戦略なしでお金を増やしても、使えないまま終わるかもしれない。インデックスは入口は簡単、出口が難しい。人間、一度積み上げたものは、よほど強い意志がなければ減らせない。そんな母を間近で見ているから、僕は今、リベシティで両学長が勧める日本の高配当株も買っている。年約4%の配当金が入る。これは自由に使って、生活を楽しむためのお金だ。
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Mさき|35歳・理学療法士・長野県在住

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